2006年10月06日
勝ち組ほど、阿呆になる時代
>国を動かす仕事、それもかなり上の役職に・・・・
彼ら統合階級は、素人でも分かるバブルを5年にわたって放置し、(銀行トップに至っては土地漁りに狂奔し)、挙句の果てにバブルを崩壊させ、日本経済をどん底に突き落としてしまいました。
しかも、その渦中の株式戦争では日本勢は百戦百敗、巨額の利益を外資に持っていかれてしまいました。政治家も、官僚も、財界トップも、そして学者も、マスコミ人も、無能の極みだったと見るべきでしょう。
さらに、今や国の借金は800兆に達し、環境破壊と精神破壊も進む一方なのに、彼らは未だに何の答えも出せずにいます。無駄メシ食いと言うしかありません。
彼らは、いったいどうなってしまったのでしょうか?
いや、どうしたら、ここまで阿呆になれるのでしょうか?
それは、人類が、これまでに獲得してきた認識群ではどうにもならないような大転換期を迎えたからなのです。
1970年ごろに貧困を克服した先進国は、過去3千年の人類史を覆すほどの大転換期を迎えました。それは一言で言えば、自分第一の社会から、みんなで作ってゆく社会への転換です。
そこでは、自分第一の時代を導いてきた認識群はまったく役に立ちません。みんなの時代を導く新しい認識群(新理論)が必要になります。
しかし、彼ら国を動かす地位にある人たちは、旧認識を売り物にしてその地位を得ています。旧認識を捨てれば、たちまちその地位を失ってしまうので捨てることができません。
例えば、貧困を克服してしまった以上、市場は縮小してゆくしかありませんが、彼らは未だに市場拡大第一という古い観念にしがみついて莫大な財政投資をやり続けてきました。
その結果が、借金800兆であり、止まることを知らない環境破壊であり、精神破壊なのです。
もはや、彼らには国を動かす資格はありません。これからの時代は、旧認識にしがみつく必要のない素人が、みんなで答えを考え、社会を変え、国を動かしてゆく時代です。このブログも、みんなで答えを追求し、社会を変えてゆく場のひとつなのだと、私は思います。
縄文男児
- by member at 22:07


コメント
阿呆とは、大胆な・・・。
でも、考えてみれば、普通の人なら、800兆も借金(一人当たりで換算すると、約700万)したら、オロオロする⇒どうする?と必死になって考えるものです。
否。それ以前に、返せる見通しを立てるものです。
なのに、返せる見通しも立てられない。借金をすることを前提に予算を立てる。まるで、他人事。アリエナイ。
“阿呆”という言葉が当てはまっているのかも。
確かに、素人=みんなの方が、まっとうな答えが生み出せそうです。
こんにちは!
僕も「勝ち組ほど、阿呆になる時代」というのは強く思います。
また、「阿呆ほど勝ち組になる時代」とも思ってます。
最近感じているのは阿呆でない人はマスコミや政治家になるという発想にはならないのだと思います。阿呆でない人が阿呆の集団に入ろうと思わないのは必然、阿呆がうつされます。
そもそも、阿呆の方々は国を動かす仕事に就いているというのが理解できているのだろうか?おそらく、ここまで人々の活力を衰弱させているのに気づいていないのだから、国を動かす仕事=政治に就いているというのは理解できてないのでは?